〈 信仰生活のあかし 〉

信仰生活の第一歩で教えられたこと
〜洗礼を受けたのは半世紀前のクリスマス〜
門 山 勝 利

 全地は主を畏れ、世界に住むものは皆、主におののく。
(詩編33:8)

 地上であなたを愛していなければ
 天で誰がわたしを助けてくれようか。
 わたしの肉もわたしの心も朽ちるであろうが
 神はとこしえにわたしの心の岩。 
   わたしに与えられた分。
(詩編73:25〜26)

 私は、1956年12月23日夕のクリスマス礼拝で、洗礼を受けました。
 初めて松阪ルーテル教会へ行ったのは、その1年前の高校1年の時でした。岸千年先生(日本ルーテル神学校長=当時)を招いての特別伝道集会でした。今は松阪市役所庁舎の一部になっていますが、教会の前にあった松阪医師会看護学校の講堂一杯に人々が集まっていました。その時の話の内容は何も覚えていませんが、初めての私に皆さんが親切にして下さったことを、はっきり覚えています。
 特別伝道集会に参加したのを機に、日曜日に行われる礼拝に出席するようになりました。聖書は父の文語訳聖書でした。伝道師をしておられた奥川泰弘先生(1922〜2006)に、どうすれば洗礼を受けられるのか、相談をいたしました。奥川先生は、それなら礼拝に出席して「ルターの小教理問答書」を学んで洗礼を受ける準備をするように勧められました。  日曜日の礼拝後は、宣教師としてノルウエーから来ておられたロルフ・グードイ先生( Rev.Rolf Godoy1918〜1998)による「ルターの小教理問答書」の学びが始まりました。
 先生は何度も何度も繰り返して教えられ、洗礼を受けるまでに三回は教わったと思います。この小教理問答書は、マルティン・ルターが、幼い自分の子どもに神さまを解りやすく話すために、最初は用いたと言われています。そのためか、「十のいましめ」(出エジプト20:2〜17)の章での問答の答えの初めは「わたしどもは、神を畏れ、愛さなければなりません。」(内海季秋訳)から、始まっています。
 グードイ先生は、「この畏れは、恐れるのではなく、畏(かしこ)まり敬うことです。」と「十のいましめ」の問答の答えのところで、毎回話されました。
 この「神を畏れ」の言葉を思い起こすことで、わたしの信仰が今日まで支えられてきました。「神を畏れ、神を愛する」という言葉を、信仰生活の第一歩で教えられ、今のわたしがあると、感謝しております。
かどやま・かつとし(松阪ルーテル教会「めぐみチャペル」会員)

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