〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
主に救われて
K.O姉
 私は若い頃、看護師として、松阪市民病院で働いていました。
 死を目の前にした女性の患者さんが、夜の病室で家族の見守られる中「私の行くところは何処やろ、真っ暗や、明かりをつけて」と言われるのを聞き、人間は死んだ後、肉体は灰になっても、魂は何処か行く場所があるのではないかと、考えるようになりました。
 丁度その頃、ノルウェーから来られたキブレ先生が、松阪ルーテル教会で伝道を始められた時でした。友達が一緒に行こうと言うので日曜日の朝出かけましたが、友達の姿は見えませんでした。それ以後、私は熱心に教会へ通うようになりました。私が教会に通っていることが分かると、私の周囲の人々は仏教について、いろいろ教えてくれるようになりました。私の親戚はお寺の関係が多く、父の姉はお寺に嫁ぎましたので、いとこは住職、わたしの二番目の兄嫁もお寺の娘、姪もお寺に嫁いでいます。
 しかし、仏教の教えがどんなにありがたいか私にはピンときませんでした。教会に通うようになり 聖書を読むうちに私の心は開かれ、ヨハネによる福音書14章1〜3節のみ言葉を通して教えてくださいました。

 「心を騒がせるな。神を信じなさい。そ して、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。」
 イエス様を信じたら、神さまのおられる天国へ迎え入れてくださると言う約束を与えてくださいました。
 私は大きな幸せと安心感で心が喜びでいっぱいになりました。また、み言葉によって罪が知らされ、イエス様の十字架の血による贖いに感謝出来るようになり、兄夫婦に「洗礼を受けたい」と言いますと、兄は悲しそうな顔をして「俺たちの愛が足りなかったのか」と言いました。私は両親に早く死別しており兄夫婦に育てられていました。
兄嫁は、こんな人が世の中に居るのかと思われる程の愛情深い人で、私のために どんなことでもしてくれるような、しかしきびしい面もある人でした。この二人から「愛情が足りなかったのか」と言われた時はどうしようかと思いましたが「イエス様の愛と兄さん達の愛は質が違うんだから」と何度も説明し、やっと1952年のクリスマスに洗礼を受けることが出来ました。
 その後、聖書学院に導かれ、この松阪ルーテル教会で伝道の奉仕をするようになりました。その頃はルーテルアワーの通信講座を受けて居られる方が多く、返事の手紙を書いたり、訪問、教会案内のビラ配り、教会学校、女性会と無我夢中で働きました。しかし、教会の中でもいろいろな問題があり悩みも多く、何とかして一人でも多く救いに導かねばと若い私は働くことのみに熱中していました。
このような状態にあった私に、神さまは
 「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」(口語訳・詩篇46篇10節)
 「力を捨てよ、知れ わたしは神。」)(新共同訳では46編11節)
と教えてくださいました。私は自分で何とかしなければ、自分で自分でと傲慢にもそんな考えでいました。それは本当に恥ずかしいことでした。静かに神さまに祈り、何をなすべきか、神さまの み力によって自分を用いていただかなければ何も出来ないことを知りました。
 それ以後様々な問題がありましたが、いつもこのみ言葉が私を落ち着かせるようになりました。今日迄、神さまが、み言葉によって教え導き、助けてくださったことを心から感 謝しています。

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