〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
勝利ある人生をめざして
H.O兄
 私が洗礼を受けてから20年になります。
 長い間神様に守られ生かされて、多くの恵みをいただきました、振返って見てイエス・キリストを信じることが出来て本当に良かったと思います。その中から最近の事を証しさせていただきます。

 2006年9月25日に狭心症のために心臓の血管を拡げる手術を受けました。年と共に体にあちこち悪いところが出てきて、ずっと薬を飲んでいましたが、薬を飲みながら普通に働いて忙しい日々を過ごしていましたので手術を受ける等思っても見ないことでした。
 手術は手首から細い管を動脈に入れるカテーテル手術で、今では多くの方がこの手術を受けて回復し元気に日常生活を送って居られると聞いていましたが、手術についての説明で、血管に傷が付く、血栓による心筋梗塞や脳血栓、出血、感染症、合併症のことも聞かされましたので、むずかしいものであると認識しました。
 「神様と医者にゆだねる」そう思いながらも不安はありましたので、このことについて特に祈り始めました。手術の日は午後の2番目と聞いていたのですが緊急の手術が入って、だんだん時間が遅くなり、待つという事の忍耐を辛く思いました。

 「主の前に静まり、忍耐して主を待て」

 このみ言葉を覚えながら待ちました。手術は約2時間かかりました。局所麻酔で、安定剤をもらいましたので半分は寝ている間に終わり、手術中の苦しさや痛さは感じませんでした。手術後家族と少し話をしましたし、食事も食べさせてもらって元気が出ましたので、翌日は起きられるようになりました。
 医術の進歩に驚くと共に、神様に感謝しました、この度の入院手術で祈りによる心の平安ということを教えられました。毎日のように忙しい日々を過ごしていましたが、入院によって忙しさから解放され、祈る時間も多くあったことは幸いでした。一人で祈るだけでなく、教会の先生を始め皆様に祈っていただいた事は大きな慰めと励ましでした。そして心に平安が与えられ落ち着いて入院生活を送ることが出来ました。ありがとうございました。退院後も順調に回復し感謝しています。
 手術について神様の配慮もいろいろあって元気づけられました。岡崎と豊橋に娘がいるのですが、9月25日に手術することを知らせたところ、その日は2人で食事をする約束をしているとのことで、2人で松阪に来てくれることになりました。2人の休みの日と こんなに ぴったり合う等、すでに神様の配慮があったと思いました。神様は私の知らないところで働いてくださると感謝しました。
 始めの所で 忙しい日々を過ごしていましたと言いましたが、そのことを少し話しさせていただきます。
 三重県精神障害者家族会連合会の会長をしておりました関係上、三重県知事から障害者福祉事業関係の委員任命の辞令が出ており、審議会や委員会等、県関係の会議が多くあり、また県社会福祉協議会の運営監視委員、三重大学医学部の研究倫理委員、そして地元松阪での活動、また全国組織の活動で厚生労働省に障害者福祉充実の要望や陳情にいったりと多くのことを行っていました。2006年10月24日に千葉県の幕張で精神保健福祉全国大会(厚生労働省主催)がありその席上で、精神保健福祉事業功労者として厚生労働大臣表彰を受賞しましたが、それは以上のような活動が評価されたと思います。嬉しいことでした。神様は力のない私を導き守り多くのことに用いて下さいました。

 次に私が教会に行き始めた時のことを話させていただきます。
 始めて教会に行ったのは1952年(昭和27年)21歳の時です。その時は 今の会堂は建っていませんでした、私はその頃 この教会の近くに住んでいました。ノルウェーから宣教師のキブレ先生が来られて伝道を始められ、兄は教会の仕事を手伝っていました。珍しさもあって始めは多くの人が集会に来ていました。私は教会に何年かは行っていました。礼拝にも出席していましたが、教会の雰囲気が今一つ合わないと感じて教会に行かなくなりました。それと自分は神様に頼るような弱いものではない、自分の力で たいていのことは出来ると思っていました。今から思うと若かったなと思います。
 何年かたって結婚し、20年の長い年月がたち3人の子供も成長しました。そして仕事のこと、将来のこと、子供の病気のこと等で頭を打つことがあり、自分の力の弱さ足りなさをつくづく思いました。子供が病気になっても親である私は何一つ助けてやることが出来ない、空しくいらいらする日々を過ごしました。そして子供のことを思いながら 神様助けて下さいと家内と二人で祈るようになりました。

 なかなか心を開かない強情な私に神様は一人のクリスチャンの方を会わせて下さいました。それは仕事の関係で行く伊賀上野の会社の社長の奥さんで、会社の事務の仕事もしておられ事務机の本立の横には、いつも み言葉のメモが張ってありました。少し話をしているうちに日本キリスト教団上野教会の信者であることが分かり、仕事でそこへ行く度に教会のことや キリストの話をするようになりました。ある時その方が「神様に何事もゆだねなさい、ゆだねると楽になりますよ」と言われこの言葉が心に残り、家に帰って家内に話しました。そしたら家内は「仕事の都合をつけて何べんでも行ってその女性と話をしておいな」と言いました。それから私も家の近くにある松阪バプテスト教会に行くようになって村上久牧師に教えを受け1986年(昭和61年)に、津新町バプテスト教会で洗礼を受けました。
 その時今まで知らなかった人間の罪のことも学びました。自分は罪人と言われるような悪い人間ではないと思っていましたが、聖書で言う罪は過失や善の反面の悪ではなく「神に対してそむく」ことで 人は自分でこの罪をつぐなうことは出来ない。罪の払う価は死と審きである。審かれて滅びるしかない私をイエス様が十字架にかかって贖って下さったのだと知りました。イエス様は罪の解決のために来て下さったと分かりました。自分もイエス・キリストを信じて罪を赦されるものとなりたいと願いました。
罪について私の心を捕らえたみ言葉は
マルコによる福音書7章21節〜23節

 「人間の心から、悪い思いが出てくるからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」

自分の心の中にある罪について知りました。
 ヨハネの手紙一3章15節に次のように書いてあります。

 「兄弟を憎むものは皆、人殺しです。」

憎むことは殺すことにつながると言う行為のまえに心の中に罪があることも分かりました。
 これらの聖句は聖書から受けた罪に対する強烈な印象です。でも罪を告白するならば、この罪人を許してくださる方がある、救ってくださる方がいてくださると信じられたことは、この上ない恵みであり喜びです。また、弱い力の足らない自分を知って、強さを求めた時に私の心に響いたみ言葉は、

 「神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。」
                  (ヨハネの手紙一5章4節〜5節)
このようにしてイエス様を信じて教会に行き始めてからは真面目で殆んど毎週二人で礼拝に行きました。それから今日に至っているわけですが、多くの恵みをいただきました。この度の入院手術に於いて神様に祈って与えられる平安ということがしっかり分かりました。その時私はこう思いました。一生懸命祈る祈りを神様が聞いて、み心に叶った祈りであると思われて、手術する医者に働きかけてくださったと思いました。今後どのようなことが起こるか分かりませんが、自分の体を大切にして、勝利ある人生を歩みたいと思います。

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