〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
守られて60年
N.K兄
 私は、今年(2007年) 満60歳を迎えました。子供の頃、60代の方々を見ると随分お爺さんに見えたものです。しかし、自分がその年になると まだまだ若いという気持ちになるから不思議なものです。私の父は65歳で神様の元へ召されました。その当時の父の顔は皺だらけ、母と共に農業をしながら苦労をして私たち子供を育ててくれた年輪を感じさせる顔になっていました。父は早くに亡くなりましたが、残された母は兄夫婦と今も元気に過ごさせていただいていることを神様に感謝すると共に、兄夫婦にも感謝をせずにはおられません。
 神様との出会いは、父が戦前国鉄に勤務していた頃イエス様に導かれ、結婚して母も洗礼を受けたのが始まりです。戦後国鉄を退職し、帰農し教会とも離れておりましたが、兄がルーテルアワーを通じてこの松阪ルーテル教会に導かれました。その当時グードイ先生やキブレ先生が家庭訪問をしてくださり、聖書の話を聞かせていただいたり、隣町での家庭集会に参加させていただいたり、兄に連れられて松阪教会の礼拝に出席したりしている内に、私にもイエス様を救い主と信じる信仰を与えられることになりました。そうして、高校2年のペンテコステに洗礼を授かりました。
 この当時、若者の間では創価学会の折伏が熱心に行われていました。私の高校の友人も創価学会へ入会している人がいて、お互い信仰について議論をしたことを覚えています。  大学受験に失敗して、1ヶ月ほど家の手伝いをしていたのですが、高校の恩師の勧めでアルバイトのつもりで今の会社に勤めることとなりました。仕事はカタログ、チラシ、カレンダーなどの印刷をする仕事でした。その当時印刷の仕事は、高度な技能が必要で職人気質、徒弟制度のような職場でした。
新米は仕事の始まる30分前には、機械への注油、機械始動、印刷版・用紙・インク・湿し水等々の準備を済ませ、先輩(上司)の出社を待たなければなりませんでした。仕事が終わるとインクの洗浄や機械清掃をして機械にカバーをかけて一日が終了しました。家に帰るとぐったり、指紋や爪の間に入ったインクと油は洗ってもきれいにならず、何時も真っ黒な手をしていました。
 しかし、真っ白な紙に赤藍黄墨4色を重ね刷りすると、見事なカラー写真が印刷されてきます。印刷版は手で触っても凹凸がありません、印刷版に処理がしてあり水と油の反発作用を利用してインクを紙に転写していく方式で印刷される不思議なものでした。そうして、だんだんと印刷技術への興味に取りつかれていくことになったのです。先輩は実に厳しかったですが、技術は素晴らしく良く教えていただきました。入社した1年目によい指導者に恵まれたのが、私にとって大きなプラスとなりました。これも神様の導きであったと感謝をしています。
 オフセット印刷技能士資格などの取得をして、部下を与えられ1台の機械を任されるようになって暫くして、私の働いていた工場が全焼してしまいました。その翌年新工場が完成し私は営業へ異動となり、初めての営業活動をすることとなりました。これから多くの職場の経験が始まった訳です。印刷、営業、業務、配送、製版、総務、人事、企画、製造管理、大阪勤務と会社の仕事の中で経理以外はほとんど経験させていただきました。これがどれだけ自分のためになったかというと計り知れないものがあります。
 新しい職場に異動になるたびに、覚えることがいっぱいで環境も違い、人間関係に苦しむこともありましたが、いつも神様がそばにいてくださる、一所懸命物事に取り組めば必ず道を開いてくださることを信じて仕事をしてきました。人生の60年、会社での42年間は本当に恵まれた日々でした。父母、兄姉、高校の恩師、会社の上司・先輩、宣教師・牧師先生に感謝をしています。特に必要なものを与えてくださり、導いてくださった神様に心から感謝を申し上げます。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りな さい。どんなことにも感謝しなさい。こ れこそ、キリスト・イエスにおいて、神 があなたがたに望んでおられることで す。」
         ( テサロニケの信徒への手紙一 5章16〜18節 )

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