〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
主は私の人生を皆知っておられる
丸尾 安志

 私は山に向かって目をあげる。
 わが助けは、どこから来るであろうか。
 わが助けは、天と地を造られた主から来る。
 ( 口語訳 詩篇121篇 1〜2節 )

 愛唱歌      
 教会賛美歌452番(信仰の戦い)
 453番(信仰の戦い)

 主に賛美いたします。私がこの世に生まれてから、47年になります。若い頃は 親に無理やり教会学校へ通わされていると思っていました。その頃のことを懐かしく思い出します。しかし、それが私の信仰にとって重要な原点になっていることが、今になって漸く分かってきました。
 これから、これまでの人生を振り返ってみます。

 1959年、私は、日本フリーメソジスト教団 東住吉教会会員である両親の下に生を受け、自分が幼い頃から中学校3年生まで教会学校に行っていたのをはっきり覚えております。この頃の私は、宗教というものは 皆人間が作って、弱い人間が信仰するものだと思っていました。
 やがて、高校を卒業し、社会人となった私は、仕事がうまくいかず2回の転職をし、また無職になる寸前でした。自分はなぜ仕事がうまくいかないのだろうと悩んでいる時、日本キリスト教団の牧師と知り合い、それから自然とまじめに教会生活を送ることが苦にならなくなりました。
 約半年後、牧師の方からバプテスマを受けないかと誘われて受けたとたん、今の嫁である明美とお見合い話があり、彼女の履歴書を見たとたん、会ってもいないのにこの人と結婚するのだと確信しました。その確信というのは、年こそ違いますが、12月23日と受洗日が同じだったからです。
 これは、神様からのプレゼントだから断ってはいけないと思い、最初の出会いから積極的に話を進めていきました。そして、その年の9月23日に結婚し、これからの人生はうまくいくと思っていましたが、神はもう1回 私達2人に試練を与えられました。

 その試練というのは、子供でした。第1回目の子供は流産をし、第2回目の時双子を与えられたのですが、その一人が流れてしまいました。医者にもう一人の子供も流してしまうと、たぶん一生子供には恵まれないだろうと言われ、私は真剣に祈り続けました。その祈りが通じてたかえ登愛という子供が与えられました。そのとき、神様からきちんと教会で奉仕活動をしなさいと言われ、妻の母教会である岸之里教会に籍を移したのです。

 これで信仰生活と家庭生活が整ったと思ったとき、また神は私たち家族に試練を与えられたのです。それは近くに何処も頼る人のいない三重県への転勤でした。何処に教会があるのか、住所を聞いてもそこが何処にあるのかも分からない状態で落ち込んでいる間に家族も移ってきて祈っていると、近所に住む人から松阪バプテスト教会を紹介していただきました。なんとそこの牧師は阿倍野にある大阪基督教短期大学の神学科を卒業され、その上在学中岩本先生の下で勉強されていたのです。
私は、CS時代その岩本先生にクリスチャンの基本を叩きこまれたので、この牧師を与えられたことを感謝しました。しかし、この教会も、私たちが通い始めて一年余りで無くなってしまい、夫婦2人で真剣に祈っておりましたら、神様は今のこの教会、松阪ルーテル教会を与えてくださいました。皆さん、本当に真剣に祈り続けたなら、神様は必ず恵みを与えてくださるのです。

 今住んでいる多気町は教会がない状態ですので、近い将来この地に、フリーメソジストかルーテルかのどちらかの教会が与えられるよう祈っております。

 最後に皆さんにお願いがあるのです。私が召天する時、自分の愛唱歌である 教会讃美歌452番と453番を、賛美していただきたいと思います。

 讃美歌 452番 (信仰の戦い)
 十字架の旗 ひるがえし
 主にしたがい 進みゆく、
   主のつわもの いざともに
   むらがる仇を うちたおせ。
 十字架の旗 ひるがえし
 主のつわもの 進みゆけ。

 讃美歌 453番 (信仰の戦い)
 さかえあれ、死に勝ちて
 よみがえりし 勝利の主、
 きみのみ墓 むなしくて
 白きころも 残りたり。
 さかえあれ、死に勝ちて
 よみがえりし 勝利の主。

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