〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
神様の恵み
T.M兄

私は1934年(昭和9年)1月5日生まれで、あと2ヶ月して新しい年(2007年)を迎えますと満73歳にしていただきます。こうして非常に健康にも恵まれ元気に過ごさせてもらっておりますことを、心から感謝いたしております。
また、この度 娘陽子の出産に際しまして、先生始め教会の皆様の暖かいお祈りに覚えて頂き、お陰で2006年9月30日午前0時10分無事女の子が与えられ、本当に感謝致しております。名前は秋の稲穂が実った季節に生まれましたので、美しく実った稲穂と言う意味をこめて「美穂」とつけたようでございます。私達も良い名前を付けてくれたと大変気にいっております。今しばらく我が家で静養しておりますが。本当に有難うございました。
私たちには3人の子供が与えられて居りまして、それぞれ独立しており、平素は私と家内の2人暮らしで野菜作りをしております。朝早くと言うより年のせいで自然と早く目が覚めるわけですが、早くから畑に出て働いております。主に家内が主役で私は下働きですが、なるべく忠実に家内の命令に背かず、気にいられる様に頑張っております。そして朝取りの野菜を隣の農協で行われる朝市や、その他でも行われる朝市やスーパーなどに出して買ってもらっておりますが、中々良く売れまして家内はこの野菜作りに、のめり込んでおります。少ない収入ですが日日の生活の補いにもなって本当に助かっております。
このように家内は野菜作りですが、私の担当はお米作りでございます。今年の秋のお米の収穫の時ですが、本当に危ないことがありまして、その時、神様が本当に私を守ってくださったという思いがいたしましたので、その時のことを証しさせていただきたいと思います。

あわや大惨事
それはお米の収穫の時でございました。
大石の谷という所は美しい棚田の農村風景の一つで、松阪広報にも写真で掲載された事もありますが、風景は美しくても、そこで作業をする私達にとっては、色々危険なこともあります。今私が作っている田は父から受け継いだ田ですが、その隣の田を持っている人から耕作を頼まれ、作る事にいたしました。
この田は1mくらい低い所にあるため、トラクターやコンバインで作業をするのにアルミの橋をかけてこの橋を登り下りしながら作業をしなければなりません。お米の収穫をする時にはこのコンバインを使うわけですが、このコンバインは中古の大型でして小さな棚田で使うには少し大きすぎる程ですが、力も強くて調子もいいので大切に大切に使っております。このコンバインは刈ったお米のモミを入れる袋が2ケ所つけるようになっていて、袋がモミで一杯になるとピーというブザーがなって「いっぱいになったよ」と知らせてくれるようになっています。しかしブザーが鳴らなくても一杯になっている場合がございます。ですから、そんな時、他の田に移動する場合は、十分注意しなければなりません。まして一杯近くになっている袋を下ろさないで高い所から低い所へ、また低い所から高い所へ移動する場合は、本当に注意しなければなりません。
それが今年のお米の収穫の時、いっぱい近くになっているモミの袋を下ろさないで積んだまま下へ降りてしまったのです。アルミの橋を渡ってゆっくり降りようとしたのにズルーと落ちるように下へ降りてしまって下についた時「あっしまった袋を下ろすのを忘れた」と、その時気がつきました。お陰でこの時は無事に下に着いたので、今度この田の稲刈りが終わって上へあがる時には十分気を付けて、袋を下ろして上がらなければと思いながら、その田の稲刈りを終え、上へあがっている時でした。「何とした事でしょう」大方一杯になっている袋を積んだまま、このアルミの橋を登っていたのです。突然 途中でコンバインが右に左にジグザグ揺れはじめたのです。その時「あっしまった袋を下ろすの忘れた」と気がついたのです。もうどうすることも出来ません。このコンバインにはブレーキはついていないし、途中で止めるわけにはいきません。とにかく登りきってしまわなくてはなりません。揺れがだんだん激しくなってきました。というのは、このコンバインは棒ハンドルになっていて、その揺れを直すために、右や左に引くたびに揺れが激しくなるわけです。ですからなるべく小刻みに右や左に引きながら必死になって本当に「神様 助けてー」と心の中で叫びながら、どうやらこうやら上へ登りきる事ができました。上へ着いて胸をなでおろしたのですが 若し途中でコンバインが落ちていたら 私は一体どうなっていた事でしょう。大怪我では済まされない大変な事になっていたに違い有りません。ヒョットしたら違った国へ行っていたかも知れません。
その夜無事に稲刈りも終え家に帰り、夕食前のお祈りを妻と2人でいたしました時、本当にこの日の無事を神様に心から感謝した次第でした。

人生を振り返る

ただ今は今年の秋の刈入れのお話をさせていただきましたが、私も70歳の大台にのり、私の人生もいよいよ秋の取入れをする時を迎えております。この70年の人生を振り返ります時、どんなに多くの危険や災いから神様は私を守り、又必要なものを与え今日まで導いて下さった事でしょうか。この事を思います時、本当に神様有難うございましたの言葉以外にはありません。
こうして私は小さな農業の仕事をして生涯を終えそうですが、実は私、今まで何度も、もっと違った自分らしい生き方が出来ないかと悩み苦しんで来た事がございました。というのは私は長男で家の後継者として生まれた者ですから、私の人生は自分で決めたのではなく、父によって決められたようなところがありました。ですからこの長男という「カラ」から飛び出して、もっと自由に自分らしい人生を送りたいとどんなに願ったか分かりませんでした。しかし今70歳の大台に乗り、これまでの人生を振り返ります時、神様は私にとって一番ふさわしい所に、私と言うものを播いて植えられ育てられたのだということが、今になってやっと思えるようになって参りました。このことは、私の大きなテーマでございまして、もっともっと深く掘り下げてお話しなければならないのですが、時間の関係上表面的になりますが、テレビなどで色々な国の姿、豊かな国、貧しい国、暑い国、寒い国、平和な国、戦争に明け暮れている国など、そしてそこに暮らしている人々の姿を見るたびに、これは神様が私の小さな思いや考えでは理解できない強い意思と深い目的を持って、すべてのものを、色々な所に播かれ植えられていると思う時、私もその一人だと思う様になってきたのです。
山へ草刈りに行って見晴らしの良い所で腰を下ろし休んでいる時、周りの落ち葉等をのけたりしますと、その下に名も無い虫やアリなどがどんな所にもいて、あっちへ行ったりこっちへ来たりしています。何かいじらしくなって、「お前らもこんな所に居るんか何してるんや」と呼びかけながら「俺は今日ここで草刈りや」と話しかけたりします。また ほとんどの植物の名前を私は知りませんが、それぞれの植物が自分の花を付け、風にそよいでいる姿を見る時、みんなそれぞれの所に播かれ育てられているんだなあと、つくづく思うのでございます。と共に創造主なる神様の存在を思わざるを得ません。

私は今から50年程前、私が23の時アメリカのカリフォルニアで3年間農業の仕事をして働いた事がございます。それまで聖書の事もキリスト教のことも全然知らなかった私でしたが、イエス様が私の罪のために十字架にかかり尊い血を流し命を捨ててくださったということを知らされ、このことを信じるものは罪を赦してやるという神様のお約束を聞かせていただきました。最初はどうしても信じることはできませんでしたが、教会の方々の熱いお祈りと暖かいお導きによって、私のような者でもイエスさまの御約束を信じさせていただき、日本に帰って来ることができました。
そして静岡の古庄と言う所にありました聖書学院に一年間勉強もさせていただき、そこで共に学んでいた今妻となってくれている則子と出会い、今日まで生活を共にし、こうして教会の礼拝にも出席させていただいている事を思います時、神様本当に有難うございますの言葉以外にはありません。
こうして身に余る祝福の中に入れていただいている私でございますが、私自身の心の中の思いや行いを見ます時、この世的な肉の弱さの中で、神様の御心にそい得ない弱い自分の姿を見るにつけ、どうか神様お許しくださいと願うばかりでございます。そして少しでも神様の御心にかなった思いと行いが出来ますようにとお祈りをしている一日一日でございます。


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