〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
絶えず求めよう
K.M兄

 私は今年(2007年)で67歳になりました。過去を振り返る事は好きではありませんが、私の過去を振り返ってみます時、つくづくと神様に生かされてきた実感があります。
 私は理性ではなく感情で、理論的でなく勘で生きてまいりましたので、失敗が多く回り道をして今日まできましたが、本が好きで若い頃はよく読みました。解らない漢字は飛ばして勘で本を読み、どれ程感動いたしましても私は正しく理解していないんだと自分に言い聞かせてまいりました。
私は 私の信仰を直感で身につけてきた部分があるのですが、たとえばミレーの「夕べの祈り」林竹二郎の「キリストは私の家の主」(朝の祈り)この二枚の絵は、絵の良し悪しの解らない私にも信じるとは こうだと心に焼きついております。中学生の時に読んだ「リビングストン」「ああ無情」が、月日と共によみがえり信仰とはこうだとの思いが強くなってまいります。このように私は聖書を正しく理解することは出来ません。ルーテル教会の教義も理解する事は出来ません。しかし現在私はやむをえない事情がある事以外、聖日を守っております。私が聖日を守ることが出来るとは考えられない事でしたので少し話をさせていただきます。

追い詰められた時に決心した

 私は農業というより自営業といった方がいいと思いますが、生椎茸を栽培しております。何回か経営が大変な時がありましたが、もうこれ以上経営は無理でやめなければならない状態になったときがありまして、その時、私は聖書の金持ちの家令の譬えのように何もする能力がありません。非常に苦しんだ結果思いだしたのは金田福一先生の事でした。先生はすでに天国に行かれ、記憶は正確ではないのですが、一度愛農会本部でお会いしお話を聞かせていただきました。
 先生はクリスチャンでしたが、経済に行きづまり、一家心中を決意された事があったのです。その時聖霊が働かれたのだと思いますが、いよいよと思われた時、もう一度やりなおそうとの思いが起こったとの事です。それはすべてに感謝しようと飢え死にを覚悟して、新しい出発を川の中州に掘っ建て小屋を建て、主を賛美して新しい歩みをされたそうです。先生は本も何冊か出版され、たくさんの人を救いに導いた伝道者として歩まれたわけです。私は一度先生からお聞きした話しを思い出し直感的に聖日を守ろう、もう一度やり直そうと決心したわけです。大袈裟な言い方ですが、座して死ぬより打って出て死ね、との思いで、新しい出発をして今日に到っております。
 私は600mくらい離れた谷川から黒いパイプで水をとっておりますが、25年ぐらい経った時 水が止まってしまい、パイプのつなぎ目をひとつひとつ調べに行ったところ、鉄のつなぎ目が長い年月で錆がつき水がとまっていたのです。その事を忘れる事は出来ないのですが、信仰とは忍耐であり、積み重ねであると思います。一日一日私にはなにも変化は感じませんが、月日を重ねる内に神様を真剣に求めるならば、神様は静かに私達の気付かない形で働いて下さるのではないかと思います。
 聖日を守る事は十戒に示されているように、教会で救われた人にとっては普通理解される事ですが、私の聖日理解は全く破れかぶれの心境からはじまりました。聖日礼拝が唯の習慣になっては駄目なのかと思います。佐藤全弘先生が、最近書いておられるのですが、重い病人を放っておいて聖日だからといって教会や集会に行くのは神の御旨にそうことでしょうかと書いておられます。信仰はともすれば欲望の追求になる恐れがある事をも、いつも思っていなければならないと思います。
よく居眠りをする私がこう言いますと笑われそうですが、何とか聖日は教会に入った時から出る時まで真剣に神様を見つめたいと思います。私は頭で理解する能力はあまりありません。信仰とは唯信じるだけです。信じて求める内に神様が働いてくれるのだと思います。

 西行がこういう歌を作っております。
 「心から心にものを思わせて
  身を苦しむるわが身なりけり」

 私達は自分で自分を苦しめて出られないところがあります。主よ感謝します。イエス様の救いを信じて歩みたいと思います。


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