〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
義妹の召天
N.M姉

 今年の3月、私の義妹が天に召されました。私よりも10歳も若く、50代で逝かれました。1年もの闘病生活をし、その間、そのN子さんは私の眼の奥の涙と、そして祈りでした。今となっては、こみ上げてくる涙となって、思い出されるのです。

 病室の中で、3人の子供たちのいる家族の写真を整理したり、音楽を静かに聞く毎日であったと聞いております。葬儀の手順や、事次第を細部に至るまで決められ、凛として自分の死に正面から、向き合ったN子さんは、見事に自分の人生の幕引きをしたかに思われます。まるで、武士のような潔さを感じ、尊敬すらします。

 N子さんは又、山浦玄嗣先生訳の「ケセン語訳新約聖書」のCDを何回となく、聞いておられたと言います。弘前で学生時代を送られた彼女は東北の言葉をこよなく愛し、その御言葉はN子さんの魂に深くしみ込んでいった事でしょう。
 その葬儀の時があの東日本大震災と重なる事は何かの意味があるのでしょうか。

 クリスチャンではなかったけれど、その魂は天の御国に迎えられた事を私は信じて止まないのです。今そのCDを形見にいただいて、それを聞くごとにN子さんの優しい笑顔を思い出し、私は「主の祈り」を心の中に祈るのです。

   天にいます、われらの父よ
   御名が崇められますように
   御国が来ますように
   みこころが、天で行われるとおり、地にも行われますように
   私たちの日毎の食物を、今日も、お与えください
   私たちに負債のある者を赦しましたように、
     私たちの負債をも、お赦しください
   私たちを試みに会わせないで、悪しき者からお救い下さい
   御国も、力も、栄光も、
     とこしえに、あなたのものだからです
                           アーメン

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