〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
夫を介護して
秦 喜久子

 私は夫を介護して15年半になります。
夫は68歳の時、ボランティアで梅園の剪定をしている時に、落下して頸椎を打ち、星野富弘さんのように首から下が動かなくなりました。一瞬にして一級障害者となり、一年間は入退院の繰り返し、一年後家での療養が可能になりましたが、週3回のリハビリ治療に通わねばならず、月7万円のタクシー代が大変で、夫が乗っていた車があるので、私は免許を取ろうと考えました。
 今まで、何度も夫に免許を取るよう言われても応じなかった私が、自分から願書を出して教習所へ行き始めました。67歳でしたが、免許を取ったのは68歳となっていました。
 せっかく苦労して取った免許ですから10年は乗らなければと思いましたが、あっという間に10年は過ぎ今年の8月1日で14年になります。
 今は週1回の病院通いとなりましたが、教会行き、買物、役所、郵便局、銀行と、介護の合間の短い時間を、有効に使うことができます。また足の悪い友達を乗せてあげることもできます。しかし高齢者講習が義務づけとなり、3回目の講習を受けに行かねばならなくなりました。

 夫の介護の中心は、カテーテルで採尿しなければならないこと、手が不自由ですから着替えを全介助すること、食事は半介助、特殊な介護用具で自分で食物を口に入れることができます。
 はじめの頃は、2時間毎の採尿で、それが夜も続き、先の事を思い真っ暗になりました。でも今はバルーンといって、昼間はつけたままで、自分で用を足せる様に、かなり気が楽になりました。
 夫は盆栽が趣味で、私が手伝いながら手を動かすリハビリを、少しづつしていきました。
 前任の須田牧師も時々訪問くださり、夫のできないことをよく手伝っていただいて、喜ばせてくださいました。夫がキリスト教に理解を示すようになったのは、須田牧師のお陰と思っています。
 私は教会行きをずいぶん反対され、悩んできたので、この事では、ずいぶん助けられました。

 夫が反対するのも無理はありません。夫の父は、ある宗教の教師をしていました。夫もその教師となる学校を出ているのです。なぜそんな人と結婚?と思われるでしょう。いろいろありましたよ。でも今は苦しかったことも忘れてしまいました。
 私の手を借りなければ生活できなくなった夫は、静かになって、もう私の手の内です。「お母さん、お母さん」と甘え「毎日こんなに世話してもらって、本当のお母さんの様に思える」と言います。
 では教会へは?洗礼は?と思われるでしょう。それがですね。皆さんも私も、若い時から(恐らく)教会生活をしてきて、聖書や賛美歌に親しんできましたから、少々のブランクができても、信仰から離れてしまう事はありません。
 しかし、人間晩年になると、体も頭も新しい事にはついていけなくなります。昔のプライドもありますし、老いがその上に追い打ちをかけます。
 理解できる時に信仰を持った者は幸せですね。この年になって思うことは、やはりクリスチャンはすばらしい。それにクリスチャンは若いですね。今までいっぱい賛美し聖書を学んできました。だから老いても神を賛美し、聖書の言葉が理解できます。

 私はキリスト教主義の女学校で、イエス様を知りました。
「信仰・希望・愛」(コリントの信徒への手紙第一13章13節)
「幻なき民は亡ぶ」(箴言29章18節、文語訳)

と教えられ、夢を抱いて歩むことの大切さを教えられました。今のモデルは、日野原重明ドクターです。もうすぐ百歳を迎えられますが、現役の医師(ボランティア)として、著作に、講演に活躍し続けておられます。私達にはとても真似はできませんが、その原動力となっているクリスチャン魂は模範にすべきだと思います。
 夫のことは、もう天に任せました。結着をつけなければなんて小さいことは考えません。こうして教会生活と介護が両立できるのは、幸せなことだと思うのです。

 先日の女性会で、橋本牧師が話されました。聖書に「若いということで, 軽んじられてはなりません」とありますが、反対に「老いたからといって若い人に軽んじられないように、常に学び精進して行かねばなりません」とも言われ、本当にそうだと思いました。
 高齢者のクリスチャンは、若い人のモデルとなるような生き方をしていく責任があるのではないでしょうか。「あんな素敵な高齢者が、いっぱい居る教会へ行ってみたい」と若い人に思わず言われるような、教会でありたと思っています。

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