〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
神様に生かされて
奥川 泰正

 近頃の自分の信仰について思っていることを証しさせていただきます。

 私達は波風のない平穏無事な人生を望みますが、人生は時には思いがけなく大きな波を越えなければならない事がおこります。

 昨年5月までは障がい者家族会の会長、障がい者作業所の施設長、社会福祉法人フレンドの理事長として福祉の分野で市、県、国、他の障がい者団体とも係わりながら活動していました。ところが昨年の6月に体調が悪くなり検査の結果、胆管に癌が見つかりました.思ってもみなかったことでした。手術してから一年になりますが、その時のことを思い出しながら話させていただきます。

 5月終わりと6月の始めに、38度の熱が出て胸焼けがして近所の医院へ行き血液検査の結果は、大きい病院へ行くように勧められ中央病院へ行きました。6月に検査のため入院して腹部のあらゆる検査(CT、胃カメラ、MRI、超音波内視鏡)を行い、診断は胆管に癌が見付かったので手術を勧められました。

 7~8時間かかる大手術ですが早い方が良いのでと言われ、7月9日入院、15日手術を受けることになりました。7月初めの日曜日に礼拝に出席し聖餐式があって聖餐にあずかり、皆さんに挨拶して祈っていただくようにお願いしました。 以前娘が病気になった時には、神様何故ですかと何度も聞きましたが、この度は神様にたいする疑いはなく、神様は守ってくださる、共に居て下さると信じて不安はありませんでした。

 愛知県に居る2人の娘も来てくれて、祈りつつすべてを神様にゆだねました、手術の前に思ったことは、今分かれ道に立たされている、癒されるのか、癒されないのか、救われるのか、救われないのか、肉体の問題ではなく、霊の問題であると思いました。

 イエス様を救い主と受け入れているから肉体は滅びても、霊は救われる。その安心はありました。すべてを神様にゆだねて手術にのぞみました。9時間に及ぶ大手術は無事に終わり、神様と医師、医術の進歩に感謝して、後は日を追って順調に回復して行きました。手術後早くから体を動かすように言われ廊下を歩いていると「大きい手術をして、年の割りに元気ですね」と医師や看護師から言われました。

 橋本先生は 土曜日毎に来てくださって、御言葉を共に読み祈ってくださいました。大変暑い夏で先生は自転車で来てくださいましたが、シッヤツが汗でベタベタにぬれていました。いろいろ、御言葉を教えてくださった中で、詩編121編は特に心に残っていますし、この詩に大きな信頼をおきました。 

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。
   わたしの助けはどこから来るのか。
 わたしの助けは来る
   天地を造られた主のもとから。」

                 (詩編121編 1節、2節)

 入院中この詩篇を何度となく読み祈り、神様が助けてくださると信じました。
 中央病院へ行かれた方はご存知と思いますが、西病棟6階の病室の大きな窓からは、山々の美しい姿が見えます。毎日この山を眺めながら、この詩篇を深く味わい、そして神様ちかくに感じました。『わたしの助けはどこから来るのかわたしの助けは来る天地を造られた主のもとから』幸いにも個室を借りていましたので回りの人々に気兼ねすることなく祈りができました。橋本先生に度々来ていただいた事は、み言葉と祈りによる安心と、心の大きな支えになりました。この入院中に祈りという事を教えられました。祈ろうとして祈れない時があります。そんな時、祈って下さる人があるということは真に力強いことでした。

 ずっと順調に回復していたのですが、手術後20日たった頃腹腔内で大出血があって、消化液を外に出すためにお腹に管を付けていたその穴から血が噴出しました。廊下を歩いていて看護師詰め所の前での出来事でしたので、早く看護師に知らせることが出来、一刻を争う事態でしたが朝8:30分頃で医師も看護師も揃って居り、外科医や看護師数人に付き添われ血だらけの姿で処置室へ運ばれて開腹でなく足の付け根から、カテーテルで止血手術をしていただき、医術のすばらしい技術にびっくりしました。

 手術をされた外科医が奥川さんは肝動脈が2本あるので、1本だめになっても大丈夫です。と言われ神様の配慮と、お守りを知りました。偶然とか運が良かったとかそれでは片付けられない、神様が働いてくださると分かりました。出血多量で血圧も60まで下がり、治療を受けている間寒くて、寒くてふるえていたので、生と死の間を行ったり来たりしていたようです。出血が多量でしたので2リットル 輸血をしました。

 これらのことのあった中で人の持つ暖かさや、やさしさを教えられました。一人の命に真剣に向き合う医師や看護師の姿勢は職業とはいえ、それ以上の尊いものを感じました。又回りの人たち、祈ってくださる方、訪ねて来てくださる方、友人、知人,等の暖かさや、やさしさに、人は本来神様にこのように造られているのだと明るい気持ちになりました。この度の入院でこのことを特に感じました。何気ないことの中にそれを見ることが出来ました。

 私にとってほんとうに大きい出来事でしたが、幸いにも信仰を与えられて居り、神様に頼り、御言葉に励まされ、祈りに支えられました。

 若い時、元気な時にはあまり思わなかったのですが、娘達と過ごす一時がとても励まされます。愛知県に住んでおり勤めもあり、家族の世話もあるので、朝早く家をでても松阪に着くのは昼前です。昼御飯を一緒に食べて3時頃帰る、短い時間ですが それだけでも、励まされ元気になれます。娘たちは暇を見付けて時々来てくれるようになりました。

 今は退院してから抗癌剤治療を続けていますが、副作用もあって、体調は不安定でこれからどうなるか不安もありますが、夜眠る時『今日も守られてありがとうございます。今晩もお守り下さい』と一日一日を祈りつつ過ごしています。以前のように生活することはできませんが、体調に合わせてぼつぼつ生活出来れば良いと思っています。忠実に誠実に神様に仕えるものでありたいと願っています。

 私にとって教会は神様の居られるところ、神様を礼拝する大切な所です。教会は信仰が結束した頼れるところでなければならないと思っています。人数はすくなくても一人ひとりが神様の方を真っすぐ向いて、真心を持って忠実に誠実に神様に仕えて行く時、神様はこの教会に働いてくださるのではないでしょうか。 

 私の好きな聖書の箇所です。

「神を愛するとは、神の掟を守ることです。神の掟は難しいものではありません。神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。」
              (ヨハネ第一の手紙5章 3節~5節)


 今年の春に名誉な嬉しいことがありました。
3月31日に私は市政功労者(社会福祉功労)として市長表彰を受けました。それは今から24年前に、精神障がい者家族会を発足、主宰し精神障がい者が地域で安心して生活できるように力を尽くしたということで、長年活動してきたことが認められ報われたと嬉しいことでした。これ等福祉のことに関しても神様の大きな導きやお守りがありました。24年間を振り返ってみると神様が私をその事のために用いてくださったとわかります。

 自分の力でなし得ないことをなさせてくださったのです。障がい者達本人の要望で作業所松阪工作所を作りました。一般の企業で働きたくても働けない、障がいを持っている方が毎日行く所が出来、同じ仲間に出会い、仲間作りが出来て元気で生活できるようになりました。そして一般の社会に復帰された方も何人かおられます。松阪工作所の更なる前進を考え社会的にも公的にも認められた安定した運営が出来る施設にしたいと、社会福祉法人の資格取得に努力しました。法人格を取得するのは大変難しい事で法人申請には多額の基本財産と膨大な書類が必要です。幸いなことに書類を作ってくださる家族が与えられ、書類を整え皆で検討し県へ提出しましたが、厚生省で不採拓となり、一同がっかり気落ちしました。厚生省に再三働きかけ、社会福祉法人の設立を願って要望や陳情活動をし、非常に難しい中採択されました。この活動は2003年から始めて2005年10月に県より認可が降りるまで2年掛かりましたが念願であった社会福祉法人フレンドの設立が出来、経済的にも安定した施設運営が出来るようになりました。

 社会福祉法人取得の時には教会でも祈っていただきご協力いただいた方々もあり感謝しています。これ等のことに神様はいつも係わり私達を助けてくださいました。社会福祉法人取得は不可能と思われていましたが、私達の活動が認められ多くの困難もあり、勇気もいりましたが神様はその時々に知恵を与え、勇気を出せるように導いてくださいました。

 家族会の皆さん、障がい者本人、施設職員、ボランティアなど、回りの人達に支えられて活動出来ました事を感謝し喜んでいます。

「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。」
           (フィリピの信徒への手紙 2章:13節)


 神様は人生のすべて生きることも死ぬことも守り導いてくださる方です。神様の御手にすべてをゆだねて生きて行こうと思います。


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