〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
60周年に寄せて
S.O姉

 私が教会に導かれた時の宣教師はキブレ先生だった。松本先生からは小教理問答を教わった。やがて、教会学校のお手伝いをさせて頂き「詩篇23篇」を交読した。

「主はわが牧者なり、われ乏しきことあらじ。主はわれを緑の野にふさせ、いこいの汀にともないたもう。・・・」
                  (詩篇23篇より、文語訳)

交読した子供達の中にやんちゃ坊主が居たが、キブレ先生は苦笑されていた。昨年、その子の姉様が礼拝に来られた時は嬉しかった。バザーでの奥様手製のグレープフルーツは、おいしかったのを覚えている。

 いつしか多忙にまぎれて礼拝を守るのが難しくなった。先生達はグードイ先生から数名の先生に代わられた。伝道師の月森師は真面目で、ラーセン師のほんわかとした優しさにはホッとした。松阪城のタペストリーを作られた時、城が洋風で丸みを帯びていたが、角ばった城に変えられたこともあった。須田先生は、貴重な人生をたどられた方々の話を物静かに語られた。アドラーの劣等感の代償法も話された。和音についても教えて下さったり感謝している。

 先生方や信徒の祈りに支えられて、教会の交わりに加えて頂いたのは感謝である。召天された園部喜美姉は以前に、「天国が好き」と満面に笑みを浮かべておられた。長い年月、教会から離れず歩ませて頂けたのは聖霊の御導きがあったからこそと思う。亡き両親の見守りにも感謝している。

 最近、階段を上る時に、ドッコイショと言ってしまう。「今日も無事に過ごさせていただき感謝です」が口癖になった。讃美歌42の最後の

「御免なさいと、お詫びして従いましょう、主の招き」
                        (讃美歌42)


をくちずさんでいる此の頃である。



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