〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
心を尽くして神様をたたえて讃美歌を歌いたい
門山勝利

聖書 詩編104編27節
「いのちある すべてのものは あなたを待ち望み
 あなたは必要な時に食物を与えられる」
            (カトリック典礼委員会詩編小委員会訳)
「かれらはすべて、あなたに望みをおき 
 ときに応じて食べ物をくださるのを待っている」
                       (新共同訳聖書)

 私自身音痴であり、声をだしたり音声をだすのが苦手です。カラオケに誘われると、返事に困ってしまいます。私の声は大きく大声をだすのはそれほど苦労なく出せます。イスラエル旅行にいったとき、団長の牧師先生は、私の音痴を聞かれて「神様を賛美するのは、音程でなく心から賛美をして信仰を表すのですよ」と慰めてくださいました。

「いのちある すべてのものは あなたを待ち望み
 あなたは必要な時に食物を与えられる」


この詩編カトリック典礼委員会訳を読んでいるとすっきりしたものを感じます。
 宗教改革者であるルーテルの流れをくむルーテル教会員がなぜカトリック訳を読むのかと思われるかもしれませんが、神様を賛美するのにすばらしい訳だからです。

 イエス様の時代の詩編はシナゴーグ(当時のユダヤ教礼拝所)の礼拝で歌われたと聞きます、私たちが礼拝の中で聖書拝読、讃美歌で神様を賛美するように歌われたと言われています。典礼委員会は、1972年に、礼拝での賛美を考慮して曲をつけられるように原文の詩的構成をできるだけ生かして訳文の格調を保つことのほうを優先した、と記されています。

 詩編104編は、「すべてのものは神をたたえる」との副題がついています。新共同訳の1節に

「私の魂よ 主をたたえよ」

とあり、典礼委員会訳は

「心を尽くして神をたたえよう」

とあります。27節で

「いのちある すべてのものは あなたを待ち望み
 あなたは必要な時に食物を与えられる」


とあり、神様は必要な時に(霊的な)食べ物をいのちある限り下さると詠われています。

 これからも讃美歌を賛美するときは、詩の意味を味わって、音痴であっても神様を賛美しようと思っています。


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