〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「かみさまへのてがみ」
古川智朗

 先日、家内の洗礼記念日があり、帰京してささやかなお祝いをするとともに、家内と息子がお世話になっている教会にあいさつに伺ってきました。その教会は毎週日曜日の午後に伝道集会として様々な行事を行っているのですが、ちょうどその日は「かみさまへのてがみ」という映画会でした。これは、アメリカで制作された実話をもとにした映画です。よい機会だったので、家族全員で映画鑑賞をしてきました。

 この映画の主人公は小児がんと闘う8歳の男の子。その子は毎日「神様あての手紙」を書き、郵便配達員に託していました。当然、彼は途方にくれます。「神様あて」では配達は不可能。かといって、「神様あて」では破棄するわけにもいきません。仕方なしに手紙を教会へ持っていきますが、牧師から「神様はなにか特別な理由があって君にこの手紙を預けたのです。あなたがもっているべきだ。」と言われます。彼は、なんとかこの子の力になりたいと思い、郵便配達を通してその子と触れ合っていきます。そして、その子の純粋な信仰を通して、暗い過去を持つ彼の「何か」が少しずつ変えられていきます。そして、ある事をきっかけに、彼は男の子の書いた「かみさまへのてがみ」を読み、男の子が手紙を通して、彼を含めた自分の周りの一人一人のことを神様に祈っていたことを知ります。彼は、神様が自分にこの手紙を託された理由を悟り、その一人一人に「かみさまへのてがみ」を届けました。そして、多くの人が「かみさまへのてがみ」を通して、多くの人が「人生には目に見えるものよりも大切なことがある」という真理に気がつかされたのです。多くの人に神様のことを伝えたこの男の子は、闘病生活の末にわずか9歳で亡くなりますが、神様に祝福されて天の国に迎えられたのだと思います。

 この映画は、3年前に私が神様に救われたときのことをはっきりと思い出させてくれました。この映画にならい、その感謝を「かみさまへのてがみ」として書いてみたいと思います。

 「神様、この映画を私たち家族に与えて下さり、感謝いたします。この映画を通して、3年前に私たち家族が救われたときのことをはっきりと思い出すことができました。

 6年前に家庭が崩壊し、家族の絆が失われ、私は息子を失いました。映画の郵便配達員のように、息子を失うことの絶望で心は乱れ、荒んでいました。しかし、一度壊れた家庭は二度と元に戻らないと誰もが考える中、息子だけが家族の絆の復活を信じていました。神様、あなたはそれをご存知であり、その息子の思いは御心にかなうことでした。そして、あなたはまず息子を通して家内の心の扉を開かれました。3年前の家内の洗礼式に私は息子に背中を押される形で出席したのですが、そこであなたは私の心の扉をも開いてくださいました。あなたは、家庭崩壊という最悪の事態を、幼い息子の祈りを通して、私たちのかたくなな心の扉を開かれ、私たち家族の絆の回復の約束という祝福に変えて下さいました。これは私の信仰の原点です。息子への感謝、家内への感謝は忘れたことはありませんが、今日このことを再認識させていただきました。神様、私の信仰の原点を思い出させて下さったこと、そして私に家族を返して下さったことを感謝します。

 私たちの絆の回復はまだ道半ばです。今後どのような試練があるかはわかりません。息子もこれから成長するにつれていろいろ問題や悩みを抱えるかもしれません。しかし、今はかつてと違い、神様、私たちはあなたの祝福と導きと約束を信じています。家内や息子が苦しいときには、神様、どうかあなたが私を用いて私の家族を助けて下さい。私が苦しいときには、神様、どうかあなたが私の家族を用いて私を助けて下さい。

 この手紙を読んでおられる方の中にも、救いを求めている方がいらっしゃるでしょう。かつての私と同じような境遇の方もいらっしゃるかもしれません。その一人一人に、この手紙を通して福音が伝わり、神様、あなたの救いがありますように。

 私たちの救い主、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。」

「あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です。
            (コリントの信徒への手紙二3章3節)」




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