〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「古希を迎えて」
N.M姉

 私は先月で古希を迎えました。

 70歳といえば、どんなにひいき目に見ても老人です。一番このことに驚いているのは、当の私自身です。長い、ながい年月であったはずなのに短い日々であったような気がするからです。人生の冬を迎えて、来し方を振り返り、これからの日々を迎えるにあたり、感慨を深くしております。

 私は結婚してから、主人の両親と共に暮らしました。姑とは28年間、舅とは30年間一緒に暮らしました。この事から学んだことは計り知れません。生活のこまごました事は勿論、社会習慣の事、人生の様々の事、そして、何よりも、老い行く者の喜びと悲しみを実際の生活の中で見せて頂いた事です。今、私自身も先人の道を経験している訳ですが、若い時に感じた思いとはまた別の深みを持って、さまざまな事が思い出されるのです。

 若い時には決して楽しいとは思えなかった事も、今振り返ると、何と、さわやかな感謝な思い出となっている事でしょう。「お父さん、お母さん、ありがとう。」と感謝すると共に、この事全てを計らって下さって、平安な老後を私達に送って下さっている神様に感謝しております。

 最近、主人の妹が私達に一編の詩を送ってくれました。ここに、皆様にも紹介させていただきたいと思います。

 最上のわざ
 この世の最上のわざは何?
 楽しい心で年を取り、働きたいけれども休み、
 しゃべりたいけれども黙り、失望しそうな時に希望し、
 従順に、平静に,おのれの十字架を担う――。
 若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、
 人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、
 弱って、もはや人のために役立たずとも、親切で柔和であること――。
 老いの重荷は神の賜物。古びた心に、これで最後の磨きをかける。
 まことのふるさとへ行くために――。
 おのれをこの世につなぐ鎖を少しずつはずしていくのは真にえらい仕事
 ――。
 こうして何もできなくなれば、それを謙そんに承諾するのだ。
 神は最後に一番良い仕事を残しして下さる。それは祈りだ――。
 手は何もできない。けれども最後まで合掌出来る。愛する全ての人の上
 に、
 神の恵みを求めるために――。全てを成し終えたら、臨終の床に神の声
 を聞くだろう。
 「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と――。
           ヘルマン・ホイヴェルス(1890~1977)


《 バックナンバー 》
Copyright (C) 2004 Matsusaka Lutheran Church, All Rights Reserved.