〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「イエスさまに出会った私は幸せ者」
秦喜久子
 私はキリスト教の大阪の女学校でイエス様に出会いました。戦時中は学徒動員で軍需工場で働き、戦後は空襲で焼かれた学校に帰り、焼け跡から拾ってきたレンガに腰掛け、青空教室で勉強しました。

 担任の先生は、数学の専門なのに、すぐ脱線して聖書の話をします。そして、今にすばらしい学校が出来るのだと、夢物語を始めます。それがとても面白く、

「幻なき民は亡ぶ」
                   (箴言29章18節より)

と聖書の言葉を示し、とてつもなく大きな夢を語ってくれました。そして「生涯本を読む人になりなさい」と言われたり、また見合結婚か恋愛結婚かと16歳の少女にディスカッションをさせる等、当時としては型破りの楽しい、そして有益な学校生活を送りました。

 結婚して、4人の子育てが始まりましたが、夫は他の宗教の出身で、私は12年教会へは行けませんでした。心が渇き、ある時、夜の町に十字架が光るのを見つけ走りました。

「この子が生まれつき目が見えないのは、親の罪か子の罪か」
              (ヨハネによる福音書9章2節より)

との問いに、イエス・キリストは、

「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」
                (ヨハネによる福音書9章3節)


と言われた聖書の話を聞き、「これだ!」と直感し、教会通いが始まり、聖書の勉強をしました。

 勿論、夫からは反対され、辛い時が続きますが、晩年夫は頸椎損傷で首から下が不自由となり、以来17年間車椅子生活となりました。夫はその間人生の生き方を考える様になり、自分を支えてくれた私と死後も一緒の処へ行きたいと希望し、病床洗礼を受けるに至りました。その12日後、本当に平安の内に天に召されて行きました。感謝の内に夫を天の御国へ送り得たことは最高の喜びです。今は自由を感謝し賛美し、やがて私も天の み国へ行く希望の中で、今は地上の生活を楽しんでいます。


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