〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「友人の死を通して神の愛を思う」
小林佳子
 この春、私は一人の友を天の御国に送りました。彼女とは1990年の春から親しい交わりをさせていただき、丁度24年間、陰に日向に支え合う、まさに姉妹でした。

 彼女は55歳で、町内の特別養護老人ホーム「共生園」にヘルパーとして勤め始めました。そこは、社会福祉法人キングスガーデン三重と言い、聖書の中の

 「わたしの兄弟で最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」
              (マタイによる福音書25章40節)


をモットーとし、心身共に弱った方々の介護を、心をこめてされました。そこには、ホームが完成したら入居したいと願っておられた信仰の先達が定員50人のうち5人程おられ、毎朝食堂で礼拝を持たれていました。心からの賛美の歌が流れると、比較的元気な方々も集まられ、イエス・キリストの事を知らない人も、毎朝感謝して一日が始まりました。夕方にはミレーの晩鐘の絵のように、感謝の夕拝もされるようになりました。

 そのうちに、高齢の方が天の御国に迎えられるようになりました。重い脳性マヒの女性は「私もキリストの花嫁に」と白いドレスを用意され、その日を楽しげに待たれていました。また、少し認知症気味の人が亡くなるその夜に、同室の3人の方々に「お世話になりまして、ありがとうございました」とお礼を言って、ベッドに入られ、ヘルパーさんが見回りに行かれた時は、すでに息絶えておられたお姿を目のあたりにされ、彼女は驚いておられました。

 聖書のお話は折りにふれ語り合ったり、退職後は家庭集会や教会礼拝にも参加され、2006年の元日に洗礼を受けられました。

 元気印そのものの友でしたのに、癌がいつの間にか巣を広げ、気付いたのは2009年の春で、胃を全摘されました。この時も牧師はじめ教会の全員に祈られ、全く心安らかに手術室に入られ、癌は最悪の状態でしたのに見事快復され「5年経つね」と喜びあっていました。しかし、急激に食欲が亡くなり、急遽、離れて住む娘夫婦の迎えで神奈川県の病院に入院されました。目に見えて快復され、毎日携帯で喜びあっていましたが、イースタ―(4月20日}を前に食欲がなくなり、4月22日夜、最愛の一人娘に見守られ召されました。

 娘夫婦に看守られ、苦労多かった事も、主は全て最善にしてくださいましたことを、ありあり見せていただき、主を賛美し感謝の思いを深めさせていただきました。

・主はいつも共にいてくださる。(詩編23編4節)
・主の業は全て時にかなって美しい。(コヘレトの言葉3章11節)
・人には出来ないことでも神には出来る。(マタイによる福音書19章26節)
・見よ、わたしはあなたを、わたしの手のひらに刻みつける。(イザヤ書49章16節)
・私は戸口に立って、たたいている。わたしの声を聞いて戸を開けるならば、わたしは中に入る。(ヨハネの黙示録3章20節)


との御声を心に刻ませていただけました事を感謝し記させていただきました。

拙い歌ですが、
・「ごめんねと ありがとうを伝えて」の
 電話が最後 友は召さるる
・ハンドベルに アメージンググレース
 奏でられ友の葬儀の百合の香清し
・「キリストの人等は楽に死ぬなぁ」と
 言いたる友も主を仰ぎ逝く
・主のもとに還えりし友の葬儀には
 賛美の歌と感謝みち満つ
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なお、友人の愛唱歌は
「人生の海の嵐に」「歌いつつ歩まん」でした。

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