〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「イエス・キリストの愛が生きる場」
安福ふみえ
 ノーマライゼイションという言葉をご存じですか。障害の有無に関わらず、誰もが地域において普通の生活を営み、差別されず、それが当たりまえであるという社会を作る、という社会福祉の理念です。また、障害を持つ人と健常者が隔たり無く社会的孤立、排除、摩擦から守り社会の構成員として包み支え合うと言う理念も、ソーシャルインクルージョンといって世界中に社会福祉の考え方が広まっています。

 現代は社会福祉の文化や理念はこのようにとても高度な発達を遂げていますが、憲法を見ても基本的人権の保障、生命、自由、および幸福追求権の尊重など、少しの時間学ぶだけでも感動します。その幸福追求権だけスポットを当てると、QOL(クオリティオブライフ)といって人間がその人らしく自分の人生を送ることが出来ているかということを計る尺度の言葉ですが、それは、生活の質的向上を目指し生活の充実感、人生の達成感などを追求していく権利が、その属性に関わらずあるというのです。なんというすばらしい福音でしょうか。

 このような崇高な考え方の基は、ほとんどキリスト教精神から来るもので、神が人間に注がれた深い愛、博愛精神から来る理念です。外国の歴史的背景から日本明治中期に現れた多くのクリスチャン慈善事業家を挙げると、岡山孤児院を設立した石井十次、知的障害者施設を設立した石井亮一、非行少年自立のための現在では児童自立支援施設の先駆者留岡幸助、貧民家庭幼児保育園である二葉幼稚園を設立した野口幽香など、多くの日本人クリスチャンが社会貢献し現在の福祉制度の土台となっています。しかし、その本元であるキリスト教精神を超えて一般社会の福祉文化はさらにレベルアップし、現実的にソーシャルインクルージョン、ノーマライゼイションの理念を通して協力精神を生みだしすばらしく発展し、一般社会にノーマルに生きています。

 さて現代の教会の中は、聖書中心、聖書のみといったキリスト教原理主義にとどまりすぎて現実社会からかけ離れた、堅苦しい敷居の高い場所になっているように思います。自分は健常だと思っている人だけが集える、魅力ない空間になっていないでしょうか。私たち人間はすでに障害者として生活し、障害者となってこの世を去ります。この世に生まれて、養育者から守られ保護され愛されなければ生きていけない、まさに障害のある状態でした。自立して健常者のつもりで生きていても、高齢になり必ず若い人々から守られ保護される障害者となっていくのです。

 教会の中だからこそ本元のすがた、社会のモデルとなって、隔たり無く社会の教会の構成員として包み支え合わなければならないと思います。また色んな考えかた、率直な疑問を自由に語り合い、現実の悩みや無力感、寂しさ、未来の不安などを、理解し共感しあえる場となるように、また社会、世界の情勢をもっと学べ、人間関係や現実の対処法、気持ちを伝え合う学びが出来る機会がもっとあれば、イエス・キリストの愛が生きて注がれる場となっていくのではないでしょうか。


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