〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「受洗証を見ておもうこと」
門山勝利
 先日偶然に、探し物をしていたときに、私の「授洗證」が見つかった。受洗したときの事を思い出した。私に洗礼を授けて下さったのはノルウェールーテル自由教会から日本に派遣されてキリスト伝道に来られたロルフ・グードイ先生でした。

 グードイ先生は、洗礼を受ける準備としてマルチン・ルター著「小教理問答書」の学びを何度も何度も繰り返して学んだことを今も、はっきりと覚えています。もうこれで終わりかと思っていると、「門山さん受洗の前の勉強を小教理をしましょう。牧師館へ来て下さい。」と言われました。当時は牧師館で学びをしていました。これが、私のキリスト教信仰の原点です。

 現在は、近畿福音ルーテル教会に属していますが、私が洗礼を受けたのが1963年クリスマスですから「授洗證」には、松阪ルーテル自由教会とあります。

  先日、神戸ルーテル神学校長の正木牧人先生が、「ルター派、その聖書解釈」の聖餐論を話されたとき、洗礼を受けたときのことを思い出しました。私たちの教会(松阪ルーテル教会)は、礼拝式文に従って礼拝を守っています。聖書に書かれているから聖餐式で牧師がパンと葡萄酒を持って、

 「取って食べなさい。これは、あなたがたのために与える、わたしの身体です。血です。」
             (マタイにる福音書26章26~28)


と講師の正木先生は言われました。
 

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