〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「導いて下さったイエス様」
奥川敏子
 今年は戦後70年です。私も自分の70年を振り返りました。

 戦争が終わった時私は11才でした。大垣市で戦災に会い、父母の故郷である松阪市に移り住みました。昭和24年に父が急病死して、40才の母は女手で姉、私、弟、妹と4人の子供を育ててくれました。祖母、父の兄、母の兄の家族の助けを受けながら、悲しい辛い思いもしましたが、温かい家族で、それぞれに成人しました。

 戦後9年たち、私は大きな出会いをしました。いえす・キリストに出会ったことです。教会で聖書を初めて手にして、今までまったく知らなかった天地の造り主なる神、私たちを造り今も私たちを守って下さる真なる神様を知り、信じる道へと導かれました。

 「神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。」
          (新約聖書・ローマの信徒への手紙8:28)


このみことばに心をひかれて信仰の決心をし、この神様にずっと従って行きたいと思って、21才の時洗礼を受けました。

 30年の後、神様は主人と私に一つの使命を与えられました。精神障がい者福祉に係る道でした。娘が統合失調症を発病しました。昭和56年、当時は精神障がい者は社会に出ることなく、病院と家でひっそりと暮らしていました。私たちの全く知らない、思いがけない病気で、深い、暗い穴の底に落ちていくような不安と恐ろしさを感じました。そんな時、聖書で、

 「下には永遠の腕がある。」
            (旧約聖書・申命記33:27、口語訳)


と読んで、穴の底でも腕を差し出して受け止めて下さる方があることを知り、穴の中に落ちてもそこは神様の腕の中なのだと信じて、不安と恐れがなくなりました。

 少しずつ行政によって、社会に精神障がい者に対する施策が進められていき、ノーマライゼーションという言葉が私の心を捕らえました。健康な人も障がいのある人も共に助け合って生きる社会が豊かな社会であると―。偏見の壁は厚く難しい時代でしたが、このような社会を実現したいと希望を持ちました。

 「あなた方の内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。」
         (新約聖書・フィリピの信徒への手紙2:13)


 障がい者を理解していただくために、いろいろな活動をしました。地域で苦しむ家族をさそって家族会を立ち上げ、患者の要望で行き場のない人たちのための作業所を家族の家で開所しました。古い建物であり、すぐに満員になりましたが、幸いにも市所有の空いた建物を借りることができ、後に法人格が必要になったので、平成17年に法人を取得しました。そちて、昨年6月に念願のグループホームを建設しました。

 家族会設立から28年、多くの困難がありましたが、すべて神様の導きとお守りがあり、知恵も与えられて地域の人々にも理解され、守られました。難しいことの多かった中で「奥川さんは運の良い人だなあ」と言われていましたが、神様が共に歩んで下さったからと思っていました。その主人は3年前に天に召され、娘は今作業所に通所してグループホームで生活しています。

 「すべてのことに働いて益として下さる。」60年前のこのみことばを信じて信仰を始めた私ですが、今このみことばを思い返して感謝の気持ちでいっぱいです。


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