〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「出会いと別れ」
門山信男
 私の兄夫婦が、永年住んでいた故郷を離れて、この3月に娘のところに引っ越していきました。高校を卒業してから、父母と共に農業に従事し、地域社会での奉仕や教会役員としての奉仕などをしてくれました。よく思い切って決断したと思います。田舎とは違い大都市の近郊で住むこととなり、その場所の環境に慣れるまで、ある程度の時間がかかると思います。しかし、娘夫婦や孫たちと一緒に、これからの人生をイエス・キリストと共に歩んで行ってもらいたいと願っています。兄がルーテルアワーのラジオ放送から教会に導かれ、それで私も救われました。心から感謝しています。
 人は出会い、また別れを経験します。
3月は卒業式に代表されるように別れの季節でもあります。しかし、この別れは不安を感じながらも喜びに満ちたものだと思います。
 私たちにとって、最も大きな別れは死です。この年になると、近い人が亡くなったという話を耳にすることが多くなってきます。
 先日、何十年かぶりかに中学時代の同級生たちと集う機会がありました。若かったころの懐かしい話と共に、病気のこと、介護のこと、誰それが亡くなった、配偶者の死などの話題になっていきました。同級生130名の内で連絡があっただけで20名ほどの人が亡くなっていました。実際にはもっと多くの人が亡くなっているのではないかと思われます。

 私は、一昨年の9月に肺気胸の手術を受け、6ヵ月後の検診で早期の肺癌が発見されました。そこで、昨年4月に肺の一部を摘出する手術を受け、やがて1年になろうとしています。この3月に経過観察検診を受けましたが、おかげさまで再発もなく感謝しています。肺気胸の手術がなければ、今も癌に侵されていることに気づかず生活していたと思います。何らかの症状が出て初めて発見され、手遅れになっていた可能性がありました。肺気胸になったのも神様のご計画であり、優秀な医師と出会わせていただいたのも神様のご計画と心から感謝しています。
 わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。 (新約聖書 ローマ信徒への手紙 14:8)

 松阪教会は4月から福井基嗣主任牧師と栗崎かおり協力伝道師、その他の教職の方々のご奉仕により礼拝および週日集会を守ることになります。様々な試練もあると思いますが、主にゆだねて歩んでいきたいと思っています。 今までご指導いただきました、三ケ嶋徹牧師、栗崎学牧師に心より感謝を申し上げます。

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