〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
今日も感謝
村木 崇

  私は昭和9年1月5日生まれで今年83歳にしてもらっております。
老人でございますが、今のところ非常に健康にさせてもらっていて感謝しております。
何年か前に大腸がんが見つかり松阪中央病院で手術を受け、大腸のおよそ4割を摘出していただきましたが、それが良かったのか、2か月に一度の定期検診で、今のところ、事無きを得ております。
 今何よりも感謝していることは、イエス様がわたしのようなものを、お前の救い主だと云ってとらえて下さっていることでことでございます。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。」(ヨハネによる福音書15章16節)とあるように、イエス様がとらえて下さらなければ私はイエス様を私の救い主だと信じさせてもらうことは出来なかっただろうと思います。そして、さらに感謝なことは家内の則子も同じ信仰者として生活をさせてもらっていることです。
私は、あと4か月もすれば、84歳にさせていただきます。天国には、もう住まいが用意されています。本当に感謝です。
私の家は父と母、そして祖母も熱心な仏教徒で、父に至っては毎朝食事の前に、大きな声でお勤めをする、熱心な信者の家庭でした。そんな家庭に育った私でしたが、20代のころアメリカの西海岸のロスアンゼルスの近く、オックスナードという所で3年間、働く機会が与えられました。そして、そこで、イエス様が私の本当の救い主であることを教えられました。聖書が証しているキリスト教という信仰が与えられて、現在に至っております。

 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が 一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。悪を行うものは皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。しかし、真理を行うものは光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」
           (ヨハネによる福音書3章16節~21節)

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