〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
イエス様に従う幸せ
奥川 和代

 私が教会に通い始めたのは1951年11月でした。当時、私は看護師として病院で働いていました。重病のご婦人が入院しておられ、「私が死んだら、どこへ行くんやろう」と言われ、私の心は何とも言えない恐怖に落ち込んでしまいました。人間は死んだら本当にどうなるのかと考えるようになりました。  以前から友達に「教会へ行かない」と誘われていましたので教会へ行くようになりました。ある日の礼拝は、

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」

についての説教でした。その頃、私は「少し礼拝に出席するのを止めようかな」と考えていた時でしたが、求め続けなければ与えられないのではないかと思い、前にもまして熱心に通いました。
 みことばを学ぶうちに、だんだん自分の心の中が見えるようになり「愚痴、怒り、妬み、驕り、高ぶり、横柄、陰口、・・・」多くの罪を持っていることに恐れを感じました。

「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。」
                (ローマ信徒への手紙10章17節)


 みことばを読んでいくうちに、イエス様がわたしの罪の赦しのために十字架におかかりになり、私の罪の贖いを成し遂げてくださったことを知り、心より感謝しました。

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そしてわたしをも信じなさい。わたしの父の家には住むところがたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。」
              (ヨハネによる福音書14章1節~3節)


 イエス様を信じて66年になります。その間には様々な事がありました。 「嫌な事、心配な事、苦しい事、悲しい事、辛い事、・・・」イエス様はその時々に応じて私を力づけ、切り抜ける知恵を与え、支えて守ってくださいました。イエス様が用意してくださった天国に行く日まで、平安と喜びのうちに、救い主イエス様に従って行こうと願っています。

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