〈 信仰生活のあかし 〉
< 信仰生活のあかし >
「自分の愚かさを知る」
門山 信男
「だから、偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。わたしたちは、互いに体の一部なのです。怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。 悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵が与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。 無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい。互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦して下さったように、赦し合いなさい。」
         (エフェソの信徒への手紙 4章25-26・29・31-32節)

 昨年は、心臓の不整脈手術を二度受け、体の衰えを感じる一年となりました。そのような時、神様はいつも私の側にいてくださって、励まし、力を与え、守っていてくださいました。4年前に肺癌の手術を受けた時もそうでした。本当に感謝です。
 これだけの恵みをいただいていても、神様に愚痴を言ってしまう、友人に不愉快な思いをさせてしまう、人を裁いてしまう愚かな自分がいます。

 先日の礼拝説教で、「心の目の視力を上げる」というお話がありました。
そうすれば、あなたたがも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。」(ルカによる福音書6章37節)
「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気がつないのか。・・・・偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことが出来る。」(ルカによる福音書6章41・42節)

 まさに、自分の心の中を見透かされたようなお話でした。神様を賛美する口から、人を裁く言葉が出ています。自分中心でしか物事を判断しない自分の不完全さを思い知らされます。
このような心を捨てられるように祈りつつ、歩んでいきたいと思っています。

《 バックナンバー 》
Copyright (C) 2004 Matsusaka Lutheran Church, All Rights Reserved.