〈聖書からのお話し〉
 
「一日を一生として生きてみましょう」

牧師 三 ヶ 嶋 徹
 
 2015年が始まりました。皆さんにとって2014年はどのような年だったでしょうか。まあ良かったと言える人、辛く苦しかったという人もいるでしょうか。私は牧師になる前にサラリーマンをしていました。特に12月、年の瀬に入ると忘年会が幾つも開催されるものですから、付き合いといえどほとほと疲れてしまいます。ところで、忘年会は何故に持たれるのでしょうか。嫌なことは今年中にみんな忘れてしまえということでしょうか。けれどもそれはひょっとすると、良いことも、良くしてもらったことさえ、忘れてしまうことになるのではないでしょうか。

 聖書の中に

 「 わたしの魂よ、主をたたえよ。
 主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。」
                 (旧約聖書・詩編103:2)


という言葉があります。つまり神様が、私たち一人ひとりに対して、良くしてくださった恵みを忘れてはならないということが語られています。忘れるという漢字は、脚の部分が心で、冠の部分が亡くすとなっています。忘れるとは、心を亡くしてしまうということになるのでしょうね。聖書は、逆に忘れてはならないと語ります。良いことも悪いことも、その背後に神様の守りと導きがあったことを覚えなさいと、積極的に語ります。

 さて今年こそは、もっと明るく、より意味のあるものにする秘訣を先人たちの言葉と知恵に学んでみたいと思います。
Boys, be ambitious.(少年よ、大志を抱け)
と語った札幌農学校のクラークに博士に学んだ一人に、内村鑑三という人がいます。一説にクラーク博士は、
Boys, be ambitious for Chirst.(少年よ、キリストの為に大志を抱け)
とも語ったと言われていますが。ともあれ、このクラーク博士に多大なる影響を受けた内村鑑三にはそのお弟子さんたちの中で国立大学の学長、総長になった人が70名もいた、と言われている程の人だったそうです。その著書、『一日一生』の中で、こんなことを語っています。

 「一日は、私どもにとりましては短き一生であります。朝生まれ昼働き、夜は復活の希望を抱いて眠りの床につきます。かくて、私どもには一年に三百六十五回の生涯があります。なんと楽しいことではありませんか。神の命令さえ守ればよろしいのであります。世がいかに成り行こうが、人が私どもについてなんと思おうが、これ、私どものいかんとすることのできないことであります。私どもは、正義をありのまま実行して、他はこれをことごとく神に任すまでであります。幸福なる生涯の秘訣は、単にこの一事にあると思います。」

 一日一日を、一生のごとく、神と共に起き、働き、休む。この連続が一生涯、明るく幸いに生きる秘訣だというのです。内村鑑三が言うように「一日は、私どもにとりましては短き一生」として、私たちがその日その日を生きることが出来たら、何と充実した幸いな人生を送ることが出来るでしょうか。あなたも神に愛されています。聖書の神は、あなたにも素晴らしい人生を約束しておられます。どうか、一度教会をお訪ねください。教会員一同心からお待ちしております。



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