〈聖書からのお話し〉
 
「人を生かす神の言葉」

牧師 三 ヶ 嶋 徹
 
 先日、あるテレビ番組で、言葉に関するアンケートの紹介がありました。そこで紹介されたのは、部下が上司に言われたくない言葉「君はいま、なぜ怒られているか、わかっているのか」でした。唐突に紹介されたのですが、それに対して番組の関係者からのコメントもなく、番組は進んでいきました。ただ、私自身釈然としない思いが残りました。それは、かつて自分がサラリーマン時代に上司から言われたことのある言葉でした。「上に立つ人間であれば、もう少し下の人間のことも考えて、物事をストレートに伝えてくれれば良かったのに。回りくど過ぎる」と思うことが多かったからでした。けれど、今考えれば、人を傷つけずに教え諭すことや、相手の感情を損ねずに自分の感情を上手く伝えることの難しさを痛感することが多々ありますね。

 また、ある番組では、退職したご主人たちのアンケートが紹介されていました。その中で非常に興味深かったのは、退職してからショックを受けた妻の言葉に関するものでした。無意識のうちにご主人の心にショックを与え、傷つけている奥さんの言葉が紹介され、いろいろあるのに驚きを感じました。
 「仕事どうするの?」ご主人はつらいでしょうね。
 「一日に三度、家で食事するの?」がっかりでしょうね。
 「散歩でもしてきたら!」なにか、邪魔者扱いですね。
 「趣味でも持ったら!」これもプレッシャーですね。
私自身も5年で退職年齢をむかえますから、身につまされる思いがいたします。

 さて、最近こういったランキング形式の番組は非常に多く、人々の興味をそそるのでしょう。しかし、それは他人事として見ているから面白いのであって、それが現実問題としてご自分の家庭内、夫婦間のこと、自分の周りの人間関係の中でのことであれば、どうでしょうか。逆に怖いですね。

 先日久しぶりに学生として学ぶ機会が与えられました。普段牧師として、人に対して語ること、教えることが多いものですから、一生徒に戻って講師の話に集中して学ぶことは、非常に良い経験の時となりました。その講義の中で、人間関係(家族関係)について「reframing(リフレーミング)」という言葉の伝達方法を学びました。これは、現状は変わらず、すぐに好転しないとしても、言葉の言い換えや置き換えをすることで、互いに前向きに肯定的に物事を捉えていくということです。

 たとえば、先ほどの奥さんたちのご主人に対する言葉も、このように言われたら、ご主人も嬉しいでしょうし、互いに心安らぐと思うのです。
 「仕事をどうする」ではなく、「長い間、お仕事ご苦労様、ゆっくり休んでね」。
 「一日に三度、家で食事するの?」ではなく、「毎日、昼も一緒に食事出来て嬉しいわ」。
 「散歩でもしてきたら!」ではなく、「一緒に散歩しましょうよ!」。
 「趣味でも持ったら!」ではなく、「一緒に散歩に行きましょうよ!」。
こうなったらどんなに幸せでしょう。何が、前者と違うのでしょうか。それは後者には「共に」、「一緒に」という愛ある思いが言葉に溢れているのです。

 旧約聖書の創世記には、神が言葉をもって7日間で全てを創造されたとあります。その中で、

 「主なる神は言われた。『人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」
                 (旧約聖書・創世記2:18)


と語られ、最初の人アダムに妻エバを連れて来られます。彼は、その女を心から喜び褒め称えたとあります。それはまた、他の動物にはない言葉による人格的な交わりが出来る者として、人(男)には人(女)が与えられます。つまり天地創造の最後に、神は最初の夫婦(人類)をお造りになり、そこから言葉を持った人類の社会へと発展していきます。しかし神の言葉をないがしろにした時に、人類は堕落していきます。

 現代、人を傷つける言葉もあれば、人を生かす言葉もあります。出来れば、相手のことを思いやるような、励まし支え合うような言葉を交わすことが出来れば幸いですね。それは夫婦間に限らず、現代社会が、民族間が、国家間がそのようになれば、この21世紀、素晴らしい時代を築き上げていくことが出来るのではないでしょうか。



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