〈聖書からのお話し〉
 
「光の内に歩む」

牧師 栗 﨑 学
 
 「悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」
        (新約聖書・ヨハネによる福音書3:20、21)


 さあ、皆さんはどちらでしょうか?闇の方が好きですか?それとも光の方が好きですか?

 きっと多くの人は、「光の方が好きだ」と言うでしょうか。しかし正直に言うと、「闇も嫌いじゃない」という面もあるかもしれません。

 私達人間は正しくあろうとしますが、完璧に正しくはありえないという面があります。アンパンマンの原作者やなせたかしさんは、
 「私達の内にはアンパンマンとバイキンマンが常に戦いながら共存している。」
ということをおっしゃっていました。これは私達の現実をよく表していると思います。

 皆さんの中にも、光を求める部分と、同時に光を憎む(悪を行ってしまう)部分があるのではないでしょうか。たとえば、人の悪口を言いたくないと思いつつも、怒りを覚える時にはつい言いたくなってしまう。そしてつい人のせいにしてしまう。悪い行いは人の内にある「罪」から生じます。そして聖書は「すべての人に罪がある」と述べています。

 すると多くの人は、「それならしょうがない」と思うかもしれません。しかし聖書は、「だからしょうがない」とは言いません。光を求めるけども、光の方に来ることのできない罪人。そんな私達を、天の父なる神は憐れんでくださって、救いの道を与えてくださいました。それがイエス・キリストです。

 イエス・キリストはあなたの罪を赦すために、この世に来てくださいました。この方を救い主と受け入れる者は、すべての罪を赦していただくことができるのです。ということは、光を恐れるのではなく、光の方に来ることができるのです。もう罪をごまかして生きる必要はありません。イエス・キリストがあなたの身代わりとなって、十字架でその身に罰を受けてくださったからです。イエスを信じる者は、赦されて、光の内に歩むことができるようになるのです。なんとすばらしいことでしょうか!

 そして光の中を歩む者は、いかに自分が立派であるかを自慢して生きるのではありません。「神がこんなにすばらしいことを、私にしてくださった!」ということを明らかにしながら生きるのです。そのようにして、その人の内から、キリストの光が輝き出すのです。



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