〈聖書からのお話し〉
 
「あなたの創造主を覚えよ」

牧師 栗 﨑 学
 
 「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」
             (旧約聖書・コヘレトの言葉12:1)


 いろいろな人に聖書をお勧めしますと、しばしばこういう反応が返ってきます。「今は結構です」。「今は大丈夫です」。おそらく「今は特に困っていないから、宗教に頼らなくても大丈夫」というような意味でしょうか。または「今はまだ他にやりたいこともあるし、もう少し年をとって余裕ができたら」という方もおられるかもしれません。

 しかし聖書は言います。

 「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」
             (旧約聖書・コヘレトの言葉12:1)


 コヘレトというのは、集会の召集者または伝道者の意味です。この書物の中で、彼自身は、この世の様々な出来事を見極めてきた、と言います。そして、幸福と思われるありとあらゆることを行ってきた。しかしそれらはすべて「空しい」と語るのです。財産を手に入れても、快楽を求めても、一時は喜びがあったとしても、それらは永続するものではない。所詮、人間はこの世から過ぎ去っていく者である。この真実に直面し、コヘレトは「すべて空しい」と言うのです。そしてまた彼は若者がそのような空しいものに心を奪われている現実を見ます。そこで語ったのが、この言葉です。

 聖書は、若いうちに、あなたを造られた偉大なる神、創造主を覚えよと言います。神を信じるとは、困った時にだけ取り出してくる頼みの綱ではありません。また、余裕ができてから学ぶ思想や哲学でもありません。創造主を覚えるということは、私たち人間が生きる上で、非常に重要なことなのです。

 その中でも特に重要な一つのことは、「あなた自身の存在そのものが尊い」ということです。私たち人間の命は、決して偶然の産物ではありません。もし偶然生まれたのならば、私たちは生きる意味や目的などないことになってしまいます。しかし創造主がおられ、この方があなたを造られた。だからこそ私たちの人生には意味があり、目的があるということになります。

 私の趣味は木工作品を造ることです。まず初めに、造る物の目的を考えてイメージを思い描き、必要なサイズ、使いやすさ、デザインなどできるだけ良いものを造ろうと考えます。そして完成したときには、その目的にかなった作品を喜び、大切にします。人から見ればただの物も、私から見れば様々なこだわりのある、かけがえのない一品物なのです。造られた物にはそれぞれ、造り主の目的があり、その目的にかなう時に、その物の存在は輝くのです。

 私たちの存在の目的も、創造主を無視しては、何も見出すことはできないのです。だからこそ、できるだけ早いうちに、あなたの創造主を覚えなさい。これはその人の人生を決定付けるほどに重要なことだからです。

 しかし創造主を覚えるのに、「もうすでに遅すぎる」ということはありません。今からでも決して遅くはありません。あなたを造られた神は、今日もあなたが主のもとに戻ってくる事を待っておられるからです。



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