〈聖書からのお話し〉
 
「狼とウサギ」

牧師 福井 基嗣
 
 先日、シリア第三の都市ホムスをドローンで撮影した画像を見ました。5年にわたる内戦のため、人口80万の都市が、破壊され、廃墟のようになってしまった姿に言葉がありませんでした。
 ある教育家がその著書の中で、『人は、「やられたらやり返す」というのは、どこか悪いことだという心理があるが、しかし、それは決して悪いことではない。実際、殴られたら殴り返す、蹴られたら、蹴り返さなければ、相手の痛みをわからせることはできない。子どもたちにやられたら、やり返すことを正しく教えるべきだ』ということを言われていました。
 しかし「やられたらやり返す」正しいやり方というものがあるのでしょうか。「やられたらやり返す」その行きつく先をホムスの街の姿が示しているのではないでしょうか

 ガラテヤの信徒への手紙5章15節に「気をつけるがよい。もし互いにかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互いに滅ぼされてしまうだろう。」(口語訳)とあります。

 長男が生れて間もない頃、育児の本を読んでみました。冒頭にこんな話が記されていました。それは狼とウサギの話です。狼というのは、仲間同士喧嘩するとき、けっしてとどめをささない。強力な爪や牙をもつ動物は、仲間は殺さないというブレーキ本能があるというのです。強力な武器をもつ動物が共食いをすれば、たちまちその種が滅ぶからです。ところが、ウサギ同士は、相手が死ぬまで喧嘩するそうです。ウサギは、強力な武器を持っていないから、ブレーキ本能をもっていないのです。
 ここで著者は読者に問います。人間はどちらの仲間だろうか。実は人間はウサギの仲間である。元来強力な牙も爪ももっていませんから、人間は仲間同士は殺さないというブレーキ本能をもたない動物、仲間同士殺し合いできる動物である。人間は仲間を殺すことのできる存在、であるということを覚えて、子どもを育てねばならないと書いてありました。
旧約聖書を見ると、最初の殺人は人類が創造されて、2世代目でおこりました。それも血を分けた弟を殺したのでした。実に人は罪深い存在なのではないでしょうか。
 しかし神はなおこの世を愛してくださって、独り子イエス・キリストを世に遣わして、すべての人の罪を負って、十字架に死んでくださることにより、すべての人に神の赦しを与えられました。
 そしてさらも主イエスは「互いに赦しあう」道を私たちに指し示されます。それは互いに滅ぶ道ではなく、赦しの道なのです。ただ神の力によって、この道を歩んでいくものでありたいと願わされます。


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