〈聖書からのお話し〉
 
「マモンの神」

牧師 福井 基嗣
 
 私が神学校で学んでいた頃は、ちょうどバブル経済の絶頂期でした。当時、神学校では様々な方が学んでおられましたが、その中で経済学の大学教授で、教鞭をとられながら、聖書を学んでおられる方がいました。

 その先生がある日、「今の日本はマモンの神に支配されているなぁ」としみじみとおっしゃるので、私は「マモンの神って何ですか」と質問しますと、「マモンとは富のことだよ。お金のことだよ。」と教えてくださいました。

 やがてバブルははじけ、日本経済は、失われた十年、あるいは二十年という時代を迎えていくわけですが、先般、東京都知事が小池百合子さんになり、築地市場の豊洲移転問題で、主要施設下で盛り土がされていなかったことや関連企業の落札率の高さがニュースになっています。また2020年の東京オリンピックでも、当初の予算より三倍の2兆円に膨らんでいることが話題となり、背後に巨大利権が動いているのでは、といったことが週刊誌の紙面を賑わしています。

 相変わらず、今も日本は、マモンの神に支配されているように思えてなりません。
 マモンとは新約聖書にでてくる言葉です。例えば「不正な管理人」のたとえの中で、イエス様がおっしゃった、「あなたがたは、神と富(マモン)とに仕えることはできない。」というお言葉です(ルカ16:13)。

 しかしこのたとえ話を聞いていた、金に執着するファリサイ派の人たちはイエス様をあざ笑ったとあります(ルカ16:14)。
おそらく、彼らは、貧しいイエス様が、同じくお金に縁のないような弟子たちに、「富、富」と言っているのがおかしかったのでしょう。もともとおまえたちは、そんな富など持っていないじゃないか、そういうあざ笑いではなかったでしょうか。

私たち自身もまた、富というものとは、ほとんど縁のない生活を送っているのではないでしょうか。不正するほどのお金には縁がない、と思われるかもしれません。

 しかし、このたとえの中で、「ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。」とイエス様は言われます(ルカ16:10)。

 わずかなお金であっても、私たちにとっては大切なものです。そしてわずかなものであっても、そこにわずかなりの誘惑もまたあるのではないでしょうか。また、少しぐらいというわずかな誘惑が、積もり積もって大きな落とし穴になることもあるでしょう。

 「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

 お金に支配されるのでなく、お金を支配する者となるためには、神を主人とすること、神に仕えることによって道が開かれるのではないでしょうか。

 またお金に支配されない秘訣は、お金もまた住まいも家族も、自分の命も身体も、自分のもっているもの、すべてが神様からの賜り物である、という心を持つことではないでしょうか。

 自分のすべては神の賜物である。この心こそ、富に支配されず、逆に私たちが富を支配する道に通じるのではないでしょうか。もちろんそれでも誘惑はあるでしょう。しかしだからこそ神を主人とするもの、神の助けを求めるものでありたいと思うのです。

 聖書に関心のある方は、ぜひ日曜礼拝にお出でください。あなたの人生にまことの神の祝福がありますようお祈りしています。


《 バックナンバー 》
Copyright (C) 2004 Matsusaka Lutheran Church, All Rights Reserved.