〈聖書からのお話し〉
 
御名が崇められますように

牧師 屼ノ下照光 
 
 だから、こう祈りなさい。
「天におられるわたしたちの父よ、
御名(ミナ)が崇(アガ)められますように」
(マタイによる福音書 6章9節)

 イエス・キリストご自身が教えてくださった祈り、「主の祈り」は、信仰者の共通の祈りであり、イエスさまにつながる兄弟姉妹たちと共に祈る祈りです。主イエスさまは、次のように語っておられます。「どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしたちの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイ18章19~20節)。「天におられるわたしたちの父よ」と祈るその交わりの中に、主イエス御自身が共にいてくださると約束してくださっているのです。

 主イエスさまは、まずはじめに、「御名があがめられますように」と祈るよう教えられています。御名(神さまのお名前)というのは、「神ご自身」ということです。私たちは、「祈り」というと、自分の願い事を祈る、祈願ということをまず考えます。初詣において神社仏閣においてなされる祈りは、まさにそれです。そこでは、「御名があがめられますように」とは決して祈られません。初詣などでは祈っている対象がどのような神であるのか、その名は何であるのかなどということもほとんど思い浮かべることなく、祈られていることが多いのではないかと思います。
 しかし、主イエスさまは、「御名があがめられますように」、「神御自身があがめられますように」と祈るように教えてくださいました。聖公会、カトリック教会共通の「主の祈り」では、「み名が聖とされますように」となっています。この祈りについてマルティン・ルターは、『小教理問答書』の中で、次のように語っています。「神の名はもちろんそれ自身聖なるものですが、われわれはこの祈りにおいて、われわれのうちにおいても、これが聖なるものであるように祈るのです」。
 「神の名はもちろんそれ自身聖なるものです」とルターは語っています。「み名が聖とされますように」とはどういうことでしょうか。「聖」というのは、聖書において、神さまと人間の関係を表す大切な言葉です。ヘブライ語の「カーダシュ(聖)」というのは、もともと「分ける」とか「区別する」という意味があります。神が「聖」であるというのは、神の超越性、永遠性ということが意味されているのです。神が神としてはっきりと人間と区別されるということです。それは、神を神とし、人間を人間とするということであり、それが、「御名があがめられますように」という祈りの内容なのです。「神さま、あなたに造られ、あなたによって命の息を吹き入れられたこの私が、あなたの御名をを心からあがめ、あなたを私の神として、み前にひれ伏して礼拝することができますように」、「神さま、あなたを心からあがめ、感謝をもってあなたを仰ぐことができるようにしてください」という祈りなのです。
 神が神であり、人間は人間であるということは当たり前のことでありますが、それが、実は当たり前のことではないというのが私たち人間の世界なのです。人間の歴史は、常に、アダムとエバ(創世記3章)、バベルの塔(創世記11章)の時代から今日まで、人が神になろうとした歴史であるといえるのではないでしょうか。歴史における独裁者、権力者は自らを神のようにふるまい、人々を支配してきました。私たちのこの国においても、先の大戦において、軍部は天皇を神にまつりあげて、悲惨な戦争へつき進んでいきました。今日も自ら神のようにふるまっている独裁者は存在します。しかし、それは独裁者だけの問題ではありません。私たちもまた、人に仕えるよりは、人を抑えつけ、支配したいと望む者なのです。オウム真理教の事件もまた、一人の男が自ら神のようになって、人々の上に立とうとした結果の事件でした。
 互いに、人よりも上に立とうとするような関わり方をするなら、そこに善い関係など生まれるはずがありません。今日の、目を覆いたくなるような社会の姿は、そのようなところに原因があるのかもしれません。そして、祈りにおいても、自分が主人のようになって、神に対しても、勝手な要求だけをつきつけるというようなことがあるのです。ある牧師が、「人は、祈りにおいてこそ、罪を犯す」と語っていましたが、そのようなことが起こるのです。
そのような私たちに主イエスさまは、「主の祈り」においてまず、「御名があがめられますように」と祈るように教えておられます。御名があがめられるように祈る者、それは、神を神としてあがめて礼拝し、人間を人間とする者です。私たちは、この祈りに導かれる中で、神と私のあるべき関係を回復し、すなおに人間としての自分らしさを取り戻すことができるのです。


 以下に、教会で用いられている「主の祈り」を紹介します。

  天にいます、われらの父よ
  み名があがめられますように
  み国が来ますように
  みこころが、天で行われるとおり、地にも行われますように
  私たちの日毎の食物を、今日も、お与えください
  私たちに負債のある者を赦しましたように
  私たちの負債をも、お赦しください
  私たちを試みにあわせないで、悪しき者からお救いください
  み国も、力も、栄光も、とこしえに
  あなたのものだからです   アーメン
           (松阪ルーテル教会で用いている「主の祈り」)

  天におられるわたしたちの父よ
  み名が聖とされますように
  み国が来ますように
  み心が天に行なわれるとおり、地にも行なわれますように
  私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。
  わたしたちの罪をお赦しください
  わたしたちも人を赦します
  わたしたちを誘惑におちいらせず
  悪からお救いください
  国と力と栄光は、永遠にあなたのものです  アーメン
      (日本聖公会、カトリック教会で用いている「主の祈り」)


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