〈聖書からのお話し〉
 
出 会 い

牧師 屼ノ下照光 
 
 「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である」
                 (ヨハネによる福音書 15章12節)

 『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』」
                (マタイによる福音書22章37~39節)

 もう50年も前に、北原謙二が歌ってヒットした『ふるさとの話をしよう』という歌があります。この歌がヒットしたころ、中学を卒業して田舎から大阪に出て来た私は、この歌が大好きでした。カラオケでもよく歌いますが、今でも、この歌を聞いたり、歌うたびに、田舎の風景をよみがえらせ、懐かしい父母やきょうだいたちのことを思い出します。ですから、部落差別のゆえに、ふるさとの話をしたくてもできない人たちがいるということを知った時、私は強い衝撃を受けました。この同じ辛い経験をハンセン病療養所で元患者さんたちからお聞きしたこともあります。
 私は、22歳で奈良高校定時制に入学し、そこで同和教育を受けて、はじめて部落差別のことを知りました。1973年のことでした。それと時を同じくして、“部落解放キリスト者協議会”という団体にも加わわり、多くの人たちとの出会いや学ぶ機会を得ました。そのような出会いがあったことは、ほんとうにさいわいでした。
 そのような経緯があったため、1984年に“奈良県宗教者同和教育推進会議”(現・差別をなくす奈良県宗教者連帯会議〈奈宗連〉)が結成されたとき、すぐに加えていただきました。他宗教の方々との出会いもまた、ほんとうに喜ばしいことでした。ともすれば、宗教者というのは、自分の殻に閉じこもってしまうというようなこともあるわけで、私自身そうでしたが、奈宗連との出会いは、より広い世界を知り、新しい世界との出会いの機会となりました。
 奈宗連が結成されて間もないころだったと思います。私は、あるところで行われた差別糾弾会に出席しました。学校の体育館に多くの人たちが集まって糾弾会は始まりました。はじめて糾弾会というものを経験した私はかなり強い衝撃を受けました。差別された人たちの厳しい怒りを理解しながらも、糾弾される人は、いたたまれないだろうななどと思っていました。後日、奈宗連から参加した他の人たちは、この糾弾会について否定的な意見を述べておられました。この糾弾会で、私に最も印象深かったことは、糾弾する側の人の中に、自己批判をする人がいたということでした。その人は、前回の糾弾会において、差別発言をしたその人に対して、「女の腐ったような‥‥」と表現したそうです。彼は、その発言について、まさに差別発言であったと率直に認めたのでした。私は、そのことによって、糾弾会が、ただ差別者を、攻撃してつるしあげるようなものではなく、互いに学び合いながら、解放をめざすものであることを理解しました。
 以後、奈宗連や部落問題に取り組むキリスト教連帯会議等にかかわる中で、ほんとうに良い出会いをさせていただきました。ある方が、ひどい差別発言をした人について、こんなことを言われました。「彼はよい出会いをしてこなかったのだろう」と。その言葉が深く印象に残っています。
イエス・キリストは重要な掟として、「隣人を自分のように愛しなさい」と語っておられます。自分も他者も等しく大切であると語っておられるのです。これからも、私自身の働きや生活の中で、私自身と隣人を大切する歩みをめざし、人権問題や差別問題について学び、考えながら、よりよい出会いを求め続けたいと願っています。


※ この原稿は、部落解放研究第50回全国集会資料 『人の世に熱あれ! 人間に光りあれ ~宗教者としての人権文化・部落解放の願い~』(2016年10月)のために寄稿したものです。


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